半平のきまぐれ日記

ADHD(注意欠陥多動障害)の20代の図書館司書が本を読んで、映画を見て、あるいはその他諸々について思ったことを気まぐれに綴ります。(※本ブログはAmazonアソシエイトを利用しています。また、記事中の画像は、断りのない限りWikipediaからの引用、もしくはフリー素材を使用しています)

おばあちゃんのおにぎり

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本当に美味しい!  「おむすび」レシピ140

本当に美味しい! 「おむすび」レシピ140

[最近はおにぎりのレパートリーも随分増えたようでして。手のこんだのもいいけれど、私はシンプルなのが好きだなあ]


実は私、昨日が誕生日でした。

だからと言って、何が変わったわけでもなく、単に履歴書に書く年齢の数字が一つ大きくなっただけなんですが。

けれど、母が一応プレゼントをくれたり、周りの人がお祝いをしてくれたので、それに因んで何か書いてみようと思います。


おばあちゃんのおにぎり (くもんの児童文学)

おばあちゃんのおにぎり (くもんの児童文学)


今年、母がくれた誕生日プレゼントというのが、私の好きな歌手のさだまさしさんが書いた童話『おばあちゃんのおにぎり』。

さださんの子どもの頃の実体験をそのまま書いたという童話です。


さださんが7歳の誕生日に家に友達を呼んでパーティーを開く。

お母さんがご馳走をつくってくれて、友達がおもちゃや、絵本やレコードをプレゼントにくれる中、さださんのお祖母さんは、彼に何の変哲もない塩むすびをつくってあげます。

いつもは大好きなお祖母さんの塩むすびですが、その時ばかりはさださんは落胆して、おにぎりを食べずに遊びに行ってしまい・・・という話です。


私もさださんのように祖母がつくってくれるおにぎりが大好きでして。

具は梅干しか塩昆布、俵型で胡麻が振ってあるだけのこちらも取り立てて変わったところのないおにぎりですが、これが一等うまい。

今でも実家に帰ると、このおにぎりを食べるのを楽しみにしていて、だから、この話にも実に共感を覚えます(子どもの頃、さださんと似たようなことしたことあるし・・・)。



おむすびクリスマス さだまさし(歌詞付き)
[さだまさし×おむすび、と言えば、この曲。この曲のテーマも、「失って初めて分かる大切さ」でしょうか]



実はおむすびのプレゼントには裏話があって、当時のさださんの家は、お父さんの事業が傾いていて、家計は火の車でした。

だから、お母さんがつくったご馳走も、無理をして用意したものだっただろうし、お祖母さんもおにぎりしか、孫にあげられるものがなかった。

その辺の事情は大人になってから知りますが、『おばあちゃんのおにぎり』の最後で思い直して家に帰った少年・さだまさしは、泣きながらおばあちゃんのおにぎりを食べます。


苦しい家計の中から、それでも息子や孫のために、精一杯の心尽くしをするご両親やお祖母さんの元で育ったからこそ、ざださんは、あんなにも人の心を揺さぶる歌をつくれる人になったのかもしれません。



転宅/帰去来収録曲 # さだまさし(CD音源)
[起業→倒産を繰り返した、さださんのお父さんを唄った一曲。“人生は潮の満ち引き”のフレーズが沁みます。]



誕生日っていうと、子どもの頃は、プレゼントにおもちゃや、本を買ってもらうのが楽しみだったんですが、最近はプレゼントが欲しいなんて、思わない。

もちろん、物欲がないわけじゃありませんが、どれだけ躓こうと失敗しようと、それでも見守ってくれて、支えてくれる人のいる有り難さに気づいたから、それだけで十分なんだと思えます。


さださんがご両親やお祖母さんから、何かを受け継いだように、たぶん私も親や祖母、それだけでなくて、たくさんの私を気にかけてくれる人たちから何かを与えられて、生きている。

いや、もっと言うならば、名前も顔も知らない人々から、何かをもらって、ようやく生きている。

人間って、そんなものじゃないでしょうか。


そして、与えられるだけじゃなくて、与えることだってできる。

私はいつか死ぬ。

けれど、私がだれかに与えた何かは、私よりほんの少しだけ長生きをするかもしれない。

私のことは忘れられても構わないんだけれども、私よりほんの少しだけ長生きをする何かを、だれかに残せたらいいなと思います。

そんなことを考えた2×回目の誕生日でした。


今日はこんなところです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。