半平のきまぐれ日記

ADHD(注意欠陥多動障害)の20代の図書館司書が本を読んで、映画を見て、あるいはその他諸々について思ったことを気まぐれに綴ります。(※本ブログはAmazonアソシエイトを利用しています。また、記事中の画像は、断りのない限りWikipediaからの引用、もしくはフリー素材を使用しています)

たとえ、世界が狂気に満ちていても

いつも当ブログをご覧いただき、ありがとうございます。

少し前の話になりますが、先日「ハクソーリッジ」という映画を見に行きましたので、今日はその話をしようと思います。


第二次世界大戦末期の沖縄戦でアメリカ軍の衛生兵として従軍した実在の人物、デズモンド・ドスを描いた映画です。

この人物が歴史に名を残したのは、衛生兵とはいえ、一切武器を持たずに戦場に立ち、70人を超える兵士の命を救ったからでした。



母に暴力を振るう父を殺しかけて以来、「決して人を傷つけず、殺さない」と誓ったデズモンド。

戦争が始まっても徴兵を忌避していましたが、周りの若者が次々と戦地に行くのを見て、衛生兵としての従軍を決意します。


訓練が始まっても決して銃を手に取ろうとしないデズモンドは、仲間たちから疎まれ、軍法会議にかけられます。

しかし、家族や恋人の尽力で遂に特例で武器を持たぬ衛生兵としての従軍を許可されます。

彼が配属されたのは、沖縄戦線。

デズモンドの部隊の前に立ち塞がったのは、「ハクソーリッジ」と呼ばれる切り立った断崖と、そこで待ち構える日本軍でした。



映画でデズモンドを演じたアンドリュー・ガーフィールド


とにかくこの映画、戦場の描写が実に生々しい。

凄惨と言ってもいい。

少なくともこの映画を見て、軍隊に入りたいと思う人は、あまりいないでしょう。

ホラー映画など足元にも及ばない。

生きている人間こそが、もっとも恐ろしいと思い知らされるでしょう。


ハクソー・リッジ (オリジナル・サウンドトラック)

ハクソー・リッジ (オリジナル・サウンドトラック)


さて、この映画を見るたいていの人は思うのではないでしょうか。

「そんなに人を殺したくないなら、戦争など行かなければいいのに」と。

実際にデズモンドも劇中で何度となくその様に言われますし、私もそう思いました。


「絶対に傷つけず、絶対に殺さない」という彼の信条は、戦時下では異端でしかない。

軍隊ではまさに狂人扱いです。

デズモンドはただ、人間として当然の倫理を実践しているだけなのに、です。



そのことに気づいた時、私ははっとしました。

戦時下における倫理の逆転にです。

人を殺すという最悪の行為が、相手が敵国の人間であるという、それだけの理由で許されてしまう、その不条理さに観客はいつか気づく。

狂っているのはデズモンドではなく、彼を狂っているように見なす時代であり、社会なのだと。

それこそがこの映画の肝だと思います。


それに気づいた時、デズモンドの行動の意味が分かる。

殺したくないけれど、自分だけ安全地帯にいることを、彼は自分に許さなかった。

だからこそ、衛生兵として従軍しようとした。

周りが、あるいは時代がどうあれ、自分の信じる倫理を実践しようとした。


部隊からはぐれて取り残されたデズモンドが、たった一人で負傷兵の救護にあたるシーンがこの映画のクライマックスです。

人が当たり前のように死に、だれもそれを疑問に思わない中で、「あと一人」と神に祈りながら敵味方問わず負傷兵を助けようとするデズモンドの姿は、何か人間が決して失ってはならないものを象徴している気がします。


戦争に至るまでの過程は必ずしも善悪で割り切れるものではありません。

しかし、戦争それ自体は絶対悪であると、私は思う。


この映画が描いているのは、(たとえ人は殺していなくとも)デズモンドのような人さえ、戦場に立たせてしまう戦争の理不尽さ。

そして、どんなに世界が狂気に満ちていたとしても、自分なりの良心に従って生きることが人間の強さであると思うのです。


今日はこんなところです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。