半平のきまぐれ日記

ADHD(注意欠陥多動障害)の20代の図書館司書が本を読んで、映画を見て、あるいはその他諸々について思ったことを気まぐれに綴ります。(※本ブログはAmazonアソシエイトを利用しています。また、記事中の画像は、断りのない限りWikipediaからの引用、もしくはフリー素材を使用しています)

来年もキープオンゴーイング!

いつも当ブログをご覧いただき、ありがとうございます。

今年も残すところあと四日。

今日が今年最後の更新になります。

それでというわけでもありませんが、今年の振り返りと来年の抱負らしきものをちょっと書きたいと思います。


振り返ってみると、今年は夢中で走り続けていたような気がします。

ちょうど、去年の初めから就労移行支援事業所に通いだして、それから間も無くして司書になるための勉強を始めて。

初めは事業所の所長さんに勧められて、「就職先候補の一つ」くらいに考えていたのが、いつの間にか本気になって。

何度か図書館で実習させてもらったりもして、図書館の仕事が本当に好きになりました。

今年の夏から図書館に就職してもそれは変わりません。


もちろん、図書館には色々な仕事がありますから、中には苦手なこともあります。

と言うより、苦手な仕事の方が実は多いのかもしれません。

レファレンスや読み聞かせをしたりもしますが、自分の未熟さを痛感する方が多い。

それでもなお、この仕事が好きだと思います。


その理由は自分でもよく分かりません。

人を好きになる時もその理由はよく分からなかったりして。

あるいは、欠点も色々あるけど、なぜかその人が特別で。

その様なものかもしれません。


私がなぜ働くのか、その理由はいつも自問していますが、二通りの答えがあると思います。

まあ、たいていの人は大前提として生計のために働いている。

働くことは、言ってしまえば自分の時間を切り売りしてお金に変えることでもあります。

私もそれは否定しませんし、私自身も現にそうしている。


けれど、自分の時間、つまりは自分の命そのものを単に切り売りしているだけと割り切ってしまうのは、あまりに虚しいし、第一楽しくない。


だから私は、たとえ偽善と言われようと、強がりと言われようと、お金や生活以外の働く意味を見出したい。


それは第一に、まず仕事それ自身のため。

別にだれかに感謝されたいわけでも、賞賛されたいわけでもなく、ただこの仕事がしたいから、だから働く。

もちろん、感謝や賞賛を欲する気持ちもありますが、それだけを求めるのも、やっぱり虚しい。

それに他者の賞賛のために働くということは、つまり他者への依存に他ならないと思うのです。

だから、自分がそれをしたいがために働くのです。

第二に、自分とだれかの幸せのために働く。

私は自分の人生をだれよりも幸せなものにしたいと思っています。

しかしそれは、自分の幸せを追い求めるだけでもできないとも思います。

もっと言えば、だれかを幸せにすることを通してでしか、自分の幸せも実現されないのだと思っています。


良くも悪くも人は人の間でしか生きられないもの。

であるならば、自分以外の全員が不幸で自分だけが幸せな世界はあり得ない。

だれかを幸せにすること、だれかを生かすことが、結局は自分を幸せにし、自分を生かすのだと思っています。

もちろん、その手段は仕事だけとは限りませんが、仕事は重大な一つではあるでしょう。


このような考え方を仏教では「共生(ともいき)」と呼ぶそうです。

自分の幸せや利益だけを追求するのは、餓鬼や修羅の道であり、そこに安らぎはないのでしょう。


さて、詳しくはまだお話できませんが、来年は一つ挑戦をしようと思っています。

それはたぶん困難な挑戦で、どうなるか分かりません。

けれど、それがより良い仕事、ひいては自分自身の幸せにつながると思っています。

だから最善を尽くし、挑戦するだけです。

来年もキープオンゴーイング(前に進み続けよう)!


今日はこんなところです。

今年も当ブログをお読みいただき、ありがとうございました。

来年もよろしくお願いします。

それでは、良いお年を!