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半平のきまぐれ日記

ADHD(注意欠陥多動障害)の就労移行支援事業所に通う20代が本を読んで、映画を見て、あるいはその他諸々について思ったことを気まぐれに綴ります。(※本ブログはAmazonアソシエイトを利用しています。また、記事中の画像は、断りのない限りWikipediaからの引用、もしくはフリー素材を使用しています)

これからもきっと、うろうろしよう

いつも当ブログをご覧いただき、ありがとうございます。


有漏路より 無漏路へ帰る 一休み
雨降らば降れ 風吹かば吹け


これは室町時代の禅僧・一休さんがその師・華叟禅師より「一休」の法名を授けられるきっかけとなった歌ですが、今日もまた一休さんの話をしたいと思います。



一休禅師木像
一休さんがその死の前に弟子たちに残した木像で、自分の髭や頭髪を植え付けてあったと言われています。そうすることで型にとらわれない自分の姿を弟子たちに伝えようとしたのだそうです(写真出典:酬恩庵一休寺HP方丈


一休さんの生涯を描いた漫画に坂口尚『あっかんべェ一休』というのがあります。

この漫画の存在を知ってからずっと読みたいと思っていたのですが、先日古本で手に入れることができました。

早速読みましたが、自分の人生において大切な本になるだろうと直感しました。

何しろ、出だしが遊女屋から出てきた一休さんが、たまたま通りかかった僧侶にあっかんべをして、「淫乱は天然じゃ」と叫びながら走り去るシーンですから、振るっています(笑)


私が手に入れたのはこの文庫版。コミック版は全4巻ですが、どちらも絶版になっているようで図書館で探すか、古本を手に入れるしかありません。名作なのにもったいない。


一休さん後小松天皇藤原氏の血を引く女官の間に生まれます。

そのまま行けば、皇子の一人として育つはずが、母が讒言により宮中を追放されたことで、幼くして安国寺に入れられます。


持ち前の機転と聡明さで頭角を表しますが、当時の大寺院では表向き戒律を守りながら、実態は貧しい人々を顧みず世俗的な成功を追い求め、権力者と癒着する僧侶たちが主流になっていました。

そんな実態に失望した一休は安国寺を出奔。

最初は謙翁禅師、その死後は華叟禅師に師事して27歳にして悟りを得ます。


しかし、悟りを得た一休さんはどこの寺院に属するでもなく各地を放浪する度に出ます。

ぼろぼろの法衣を纏い、髪と髭を伸ばし、人々の仕事を手伝って食料をもらう。

そればかりか、肉や魚を食べ、酒を飲み、遊女屋に足繁く通う。

当時の仏教界の常識からすればあるまじき行動にかつての修行仲間をはじめ、多くの僧侶たちからは眉をひそめられますが、庶民たちからは慕われます。



作中では他にも大徳寺を開いた大燈国師の法要の最中に女性とことに及んだり、お地蔵さんに小便をかけるなどの行動が描かれていますが、これらは全て一休さんの事績として記録に残っています。


当時は折しも室町幕府の力が弱まり、戦国乱世へと移っていく過渡期で、庶民は飢えや貧しさ、それに戦火によって苦しめられていました。

衆生救済を掲げるはずの仏教界はそんな現状に見向きもせず、ひたすら権力者に阿って、自分の寺を大きくすることしか考えません。

一休さんの破天荒な行動は、そんな形骸化した仏教への抗議であると言われています。


しかし、私にはそれだけとは思えません。

この漫画を読んでいると特にそう思います。

一休さんは悟った後も迷い、悩み続ける。

自分の生き方や生きる意味について。

理不尽な世界で人々が生きる意味について。


私が思うに一休さんは真心に生きた。

全身全霊で迷い、悩み、笑い、悲しみ、愛した。

ひたすら己の道を生きた。

戦乱や悪政に虐げられる人々を見ては怒り、彼らと共に生きた。

その結果が一見すると奇矯とも思える行動だったのではないでしょうか。


一休さんの悟りとは、悩み続けることであり、一休の道とは、迷い続けることであったという気がします。


今日の冒頭で一休さんの和歌を紹介しました。

あそこに出てくる「有漏路」は「うろじ」と読み、煩悩のある世界、つまりこの世のことを指します。

煩悩のある有漏路から、煩悩のない無漏路へ帰る道の一休み。

これが人生だ。

だから、雨が降ろうが風が吹こうが大したことないーこれが歌の意味と言われています。

また、「うろじ」は「うろうろ」とかかっているとも。


生きるとは、まさに「うろうろ」することなのでしょう。

私自身、自分の人生がどうなるか分からない身の上で、おまけにこの時代、世の中がどうなるかもよく分からない。

けれど、見通せなくていいと思うんです。

なぜかこの「有漏路」に生まれたのだから、うろうろしながら生きていこうと思います。


今日はこんなところです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

女ったらしの純愛物語

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私が最近気に入っている漫画で『ビッグコミック』に連載中の『荷風になりたい』(原作・倉科遼、作画・ケン月影)いう作品があります。

どういう漫画かと言うと、作家・永井荷風の生涯を主にその女性遍歴から描いたものなんですが、これがまあおもしろい。



内務省のエリート官僚の父の元に生まれた荷風(本名・壮吉)は、当然のごとく父のようなエリート官僚になることを求められますが、その期待を裏切り女遊びと文学に傾倒します。

父の勧めで結婚もするんですが、これも荷風の浮気が原因で程なく離婚。

ことごとく父の期待を裏切り、放蕩な生活を送りながらも心のどこかで真面目に活きたいと望んでいるようで。

女性と刹那的な遍歴を繰り返しつつ、持続的な愛情を望んでいるようで。

荷風になりたい』で描かれる荷風のそんな複雑な人間性に興味を覚えて、彼の代表作の一つと言われる『濹東綺譚』を読んでみました。

今日はその感想を書こうと思います。



永井荷風(1879〜1959)
花柳界を舞台とした作品を多く発表した。形骸的な文明化、西洋化を批判し、失われゆく江戸の面影を偲んだことで知られる。1952年、文化勲章受賞。
代表作に本文で紹介した『濹東綺譚』の他に『腕くらべ』、『つゆのあとさき』などがある。


『濹東綺譚』の主人公・作家の大江は小説の取材をすべく、東京は玉の井の私娼街に日参していました。

そんなある日、ひょんな事から彼は私娼のお雪と出会います。

玉の井を訪ねてはお雪と話しているうちに、大江は親子ほども年の離れたこの女に惹かれていることに気づきます。

お雪も大江に好意を寄せていたようで、もうすぐ借金を返し終わったら「おかみさん」にしてくれるように大江に頼みます。


濹東(ぼくとう)綺譚 (岩波文庫)

濹東(ぼくとう)綺譚 (岩波文庫)

作中でお雪が大江の横で食事をした時、「ねえ、あなた。話をしながらご飯を食べるのは楽しみなものね」というセリフを言いますが、ひとり暮らしをしているとこのセリフが身にしみます(笑)


大江の心は揺れ動きますが、幾多の女性との関係を破綻させてきた自らを省みて、お雪を幸せな家庭の女にするのは自分ではないと考え、夏の終わりとともに彼女の元を訪れなくなるのでした。


摘録 断腸亭日乗〈上〉 (岩波文庫)

摘録 断腸亭日乗〈上〉 (岩波文庫)

摘録 断腸亭日乗〈下〉 (岩波文庫)

摘録 断腸亭日乗〈下〉 (岩波文庫)

1917年から死の前日までつづられた荷風の日記。「断腸亭」は空襲で焼け出されるまで住んだ荷風の邸宅をの名。
当時の風俗、文明・時事批評、来客、交友関係など内容は多岐に渡る。女性関係も赤裸々に書かれているそうです(笑)


さて、この大江のモデルは荷風自身ではないかと言われています。

また、荷風の日記『断腸亭日乗』にお雪のモデルになったと思しき女性の記述があることから、ある程度実話に基づいているとも言われています。

この作品がどの程度事実を反映しているかどうかは今さら確かめようがありませんし、今日の本題でもないので立ち入りません。

しかし、荷風のある種の心情なり願望の投影であるだろうとは思うのです(私が荷風の作品を読んだのは『濹東綺譚』が初めてで、そんなに彼のことを知っているわけではない。だからここからは大いに誤解している可能性のあることを承知で話を進めます)。

私には荷風が刹那的な女性関係を繰り返しつつも、一人の女性をただ愛したいと願っていたように思えてならないのです。


荷風は間違いなく女好きでしょう。

しかし、一方で女性や社会の弱者に向ける優しさや、一途さがあったようにも思うのです。

でなきゃ、モテるはずもない。

だがしかし、持続的な関係を築くのは上手とは言えなかった。

それ故に荷風は結果的に不誠実な男になっていったのかもしれません。

我ながらなぜここまで荷風の肩を持つのか不思議ですが(笑)、そんな荷風がなぜだか好きです。


さて、この作品を読んで思うのが、自分が大江の立場ならお雪の「求婚」を受け入れたかどうかということ。

私ならば受け入れたと思います。

なぜならば、幸せになるかどうかはやってみないと分からないと思うから。

どんな過去があれ、人を好きになったのならその思いに正直になっていいと、私は思います。


惚れっぽくて、気が多くて、女性が好きで、それでいて一途なところで、私と荷風はよく似ている。

だが、彼の生き方まで似ることもない。

死が二人を別つまで、彼女を温め続けられるような愛情を持てることを目指しましょう。


今日はこんなところです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

これは急ぎの用だから、ゆっくりやってくれ

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昨日、地元の祭りを見物に行って、神社の石畳で思いっきり転倒した半平です。

めっちゃ恥ずかしかったです。

みなさん、足元にはお気をつけくださいませ。



さて先日、そんなそそっかしい私こそ見るべき映画を見てきましたので、今日はその話をしようと思います。

2010年4月20日に起きた「メキシコ湾原油流出事故」を題材にした、映画「バーニングオーシャン」。

この映画の元となったのはBP社の石油プラットフォーム「ディープウォーター・ホライゾン」で起きた爆発事故で、11人の人々が犠牲となり、アメリカ史上最悪の原油流出を引き起こしました。

メキシコ湾の漁業や生態系に深刻な打撃を与え、今でもその影響は残っていると言います。



この事故の原因は一言で言えば、「安全軽視」なんですが、当時掘削作業はかなり遅れていて、このまま行けば損失が出かねなかった。

そこで会社の幹部が必要な安全テストを行わずに(あるいは形だけ行って)作業を強行した結果、重大な事故に至ったとのことでした。

事故に遭遇した作業員たちが、いかに生還するかを描いたパニック映画でもあるんですが、「コスト優先の会社幹部」VS「安全優先の現場技術者」の対立(そして後者が負ける)。

あるいは現場への不当な介入、駄目な意味で官僚的な企業体質などが最終的に11人の尊い命を奪うまでの過程が淡々と描写されています。

日本での宣伝を見る限りではパニック映画として売り出されてる印象でしたけど、作り手が強調したかったのはそうした「組織の病理」や、最悪の状況下でも事態収拾に最善を尽くした現場技術者の姿なんだろうと思います。


この前、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」で巨大クレーン船で働く人たちを取り上げていましたけど、そこの船長さんは作業がどれだけ遅れようとも、あくまで安全を優先されていました。

それが人命に関わる作業をする上でのあるべき姿なんでしょうが、まさに対照的な姿でした。



小早川隆景(1533〜1597)

「中国の覇者」毛利元就の三男。毛利家随一の知将と言われ、豊臣秀吉の信頼も厚く、六大老の一人にも叙せられた。
本文で紹介した言葉の他にも慎重や熟考の重要性を説いた言葉が多く、「分別とは何か?」と問われて、「長く考え、遅く決断すること。根本に仁愛の念を置けば、思慮が外れても大きく間違うことはない」と答えたらしい。


さて、戦国武将の小早川隆景はよく部下に「これは急ぎの用だからゆっくりやってくれ」と言っていたと言われています。

逆説的な言い回しですが、色んな解釈が成り立つと思います。

例えば急ぐ用というのは、大事な用であることが多いから、慎重にやってくれ。

あるいは、急いでるときは雑になって思わぬ失敗を犯しやすいから慌てずにやってくれ。

いずれにせよ、含蓄のある言葉でしょう。


そして、私にはいささか耳の痛い言葉でもあります(笑)

と言うのも、私はADHDの特徴でもある衝動性や焦燥感もあって、ほんの少し見直しをしていれば防げたであろうミスや、もう少し時間をかけていれば犯さずに済んだであろう失敗をちょくちょくやらかしています。

通っている事業所の職員さんにも「見直しはしましたか?」とか「ゆっくりやってくださいね」とかよく言われてます(笑)


私やBP社の幹部は、小早川隆景やクレーン船の船長さんの爪の垢を煎じて飲んだ方がよさそうですが、急いで失敗する方が結局損失は大きくなると思うのです。

それよりかは、時間や手間を多少かけても丁寧な仕事をした方が、人の信頼とか得られるものはきっと多い。


急いでる時こそ、ゆっくりと足元を見て歩きましょう。

慌てない、慌てない。


今日はこんなところです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ありもしない縄に縛られる

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春は出会いと別れの季節と申しますが、私の通っている就労移行支援事業所でも就職をして退所する人がいたり、反対に新しく入ってきた利用者がいたりして、雰囲気がここ1ヶ月くらいで大分変わりました。

退所した人の中には私と特に仲のよかった人もいて、若干寂しい気持ちもありますが、諸行無常、がんばっていきましょう。


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さて、私は最近Eテレで毎週火曜日の夜に放送されている「オトナの一休さん」というミニアニメにはまっています。



アニメ オトナの一休さん (2016年)


タイトルの如く、主人公は私の敬愛する一休さん

子ども向けアニメの可愛いトンチ小僧ではなく、史実に即した破戒僧・一休の姿を描いています。

昨年シーズン1が放送されて、今月からシーズン2が放送中です。



【一休さん】オトナの一休さん テーマソング♪

オトナの一休さん オリジナル・サウンドトラック

オトナの一休さん オリジナル・サウンドトラック


まあ、リアル一休さんの話なので、初っ端からお経にう◯こする話が出てきたり、寺に女性を連れ込んでコトに及ぶ話が出てきたりと、とても子どもに見せられる話じゃないんですが、一休さんの破天荒ぶりに毎回爆笑させてもらっています(ちなみに全て史実に基づいた話だそうです(笑))。

今日はその中から第1則「クソとお経」に出てきた「無縄自縛」の話をしようと思います。


これは元々臨済宗の開祖・臨済禅師の言葉なんだそうですが、読んで字の如く、ありもしない縄に縛られるということ。

臨済禅師は弟子たちの前でお経で自分の尻を拭いて見せた。


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臨済禅師胸像]


当然、「なんて罰当たりな」と弟子は驚きますが、禅師に言わせると「お経=ありがたい」なんて図式は単なる思い込みに過ぎなくて、そんなものに囚われるなと言いたいわけなんですね。


お経に限らず、世の中はこの手の思い込みに溢れているような気がしませんか?

「結婚できなきゃ幸せになれない」とか、「いい大学を出て給料のいい仕事に就くべきだ」とか、他にも色々あるような気がします。


思うに、この無縄自縛の恐ろしいところは縛られていることに気づけないところじゃないでしょうか?

他人に強制されれば反発も湧くでしょうが、自分で自分を縛っている、しかも心や考え方を縛っているだけに縛られていることに気づけない。

それで自分の可能性を狭めて、自分を苦しめ不幸にする。

なかなかに恐ろしいことのような気がします。


私自身を翻って見るに、今やりたい仕事があって、熱烈に好きな人がいて。

そこには情熱とある種の思い込みがあるわけですが、これだって立派な「縄」だと思うのです。

一方で恋をするとか、夢を追うというのは、情熱や思い込みがなければできないという一面もあるわけで。

このバランスを取るのが実に難しい。


じゃあどうすればいいのか?

明確な答えがあるわけでもありませんが、一つは「何かを唯一絶対の答えと思わない」ことが大切なんだと思います。

「自分にはこの人だけだ」、「自分にはこの仕事しかない」、そう思い込むのは自分で自分を苦しめることになりかねないと思うのです。

もちろん、仕事や人を愛するのは大いに結構なことです。

しかし、「それを失えば自分は不幸になる」とまで思い込むのはやめた方がいいと思うのです。


悲しきか、人生における幸せとはある日突然去りゆくことも多いような気がします。

けれど私たちのドアの前には何人もの幸せが立っていて、一人が去っても別の一人がすぐにドアを叩く。

だから嘆くことはないのです。


結婚すること、お金持ちになること、子どもに恵まれること、出世すること、それらは全て幸せの一つの形(あるいは手段の一つ)に過ぎないのです。

いや、「幸せ」というものさえ、縄なのかもしれません。


ありもしない縄に縛られぬよう。

自戒を込めて。


今日はこんなところです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

壺の中から見える空は美しいか?

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お久しぶりです。

4月に入りまして、皆さんの周りでも人の出入りや入れ替わりがあったんじゃないでしょうか?

私は大学時代は京都で過ごしましたが、この4月を持ちまして、とうとう大学時代からの友人が京都にほとんどいなくなってしまいました。

時の流れと世の無常をしみじみ感じているところです。



さて、皆さんは「壷中天あり」という言葉をご存知でしょうか?

昭和に活躍した安岡正篤という陽明学者が座右の銘としていた「六中観」という六つの言葉の内の一つです(ちなみに他の五つについてはこちら六中観―安岡正篤墨跡集。「死中活あり」と「忙中暇あり」は有名ですよね)。


元々は中国の歴史書『後漢書』に出てくる話です。

ある時、一人の男が老人が壺に入って行くのを偶然目にした。

驚いた男は壺から出てきた老人をつかまえて問い質した。

見られては仕方ないと老人は男を壺の中に案内した。

すると、壺の中には花が咲き乱れ、鳥がさえずり、蝶が飛び交う世界が広がっていた−という話です。

ここから転じて、世俗の生活に追われても自分だけの別世界を持つことの意味とされています。


実は私、この言葉を初めて知った時、字面からイメージして「身の回りの小さなことでも広く世の中と関係している」くらいの意味に捉えていました。

正確な意味は後で知りましたが、恥ずかしながら私流の解釈もそれはそれで悪くないんじゃないかと思っています。


私は今、就労移行支援事業所で就職に向けた訓練や勉強をしているところですが、それは自分のためにやっているのであって、だれかの役に立っているわけじゃない。

けれども、仕事に就いてだれかの役に立つための準備ではある。

さながら壺の中にいて、そこから空を眺めているような心境です。


そう、自分のことに汲々としているとしても、それはいつでも広い世界につながっていると思えれば、自分のしていることに意味があると思えてきます。


さて実は私、司書講座の単位を落としてしまいまして、受講期間を半年延長することになってしまいました。

偉そうなことを言っときながらまことにお恥ずかしい限りですが、済んでしまったことは仕方ない。

反省をして、「失敗で開ける道もあるさ」と思って、目の前のすべきことをやって行こうと思います。


今日はこんなところです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

あなただけのためにきっと咲くから!

いつも当ブログをご覧いただき、ありがとうございます。

今日は実にいい日和でしたね。

こんな日はかわいい女性と一緒に出かけたいものですが、あいにく司書講座の定期試験にいっていました(笑)


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さて、皆さんは例えば、気合いを入れたいとき、元気を出したいとき、泣きたいとき、聴きたくなるようなテーマソングはありますか?

私はだれかに恋をしたとき、決まって聴いたり歌ったりしたくなる曲があります。


それが今日紹介する「明日咲く花」。

私の好きなさだまさしさんが作詞・作曲して、Septemberという女性ユニットに提供した曲ですが、とりあえず聴いてみてください。



セプテンバー(September) 明日咲く花

September/歌詞:明日咲く花/うたまっぷ歌詞無料検索

よく頑張ったねって言ってほしかっただけ
あなたが気づいてくれたらそれだけでいい
よく頑張ったねって褒めてほしかっただけ
あたただけの為にきっと明日咲くから


このフレーズがどうも好きでして。


恋をすると何でもがんばれるような、そんなエネルギーが湧きませんか?

そのエネルギーの正体って、つまりこう言うことだと思うんです。

人はみんな、大切なだれかのために咲きたくて、だからがんばれるんじゃないでしょうか。

いや、咲く理由は人それぞれかもしれませんが、少なくとも私は、大切なだれかのために咲きたい。


私には大それたことじゃありませんが、自分の人生で実現したいことがあって、そのために自分なりにがんばってるつもりです。

その実現までの過程でたくさん失敗をしたり、挫折をしたりすることもあるでしょう。

でも、うまく行こうが行くまいが、私はいつでも一生懸命でいたいのです。

自分自身と、大好きなあの人にいつでも胸を張って見せられる花であるために。


とりあえず、来週から図書館で実習なので、がんばって来ます!



今夜も生でさだまさし 「不器用な花」

http://j-lyric.net/artist/a0004ab/l0102be.html←なぜかタイトルが表示されませんが、歌詞のリンクです。
[花つながりでこんな歌もどうぞ。結局私は、不器用な花でしかいられないんでしょうねえ]


今日はこんなところです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

苦手でもできます

いつも当ブログをご覧いただき、ありがとうございます。

お久しぶりです。

皆様、お元気でしたでしょうか?

私はこの二週間、とある会社へと職場実習へと行かせていただいていました。

人生で初めて民間の会社で仕事をし、8時間労働を経験しましたが、得るものが多い実習でしたので、今日はその話をしようと思います。


[今日の記事のタイトルはこの書名から思いつきました]


社名は伏せますが、今回実習させていただいたのは、いわゆる自動車教習所の「合宿免許」の斡旋を行っている会社で、私はお客さんに送る書類一式やパンフレットの発送などを主にさせていただきました。

お客さんが希望する免許や教習所によって送る書類が異なり、それを決められた順番通りに封筒に詰め、さらには書類にはマーカーを引きます(これも引くべき場所がお客さんによって微妙にちがう)。

一見、単純そうに見えるんですが、結構色んなことに注意を払わなきゃいけない仕事で、実際にお客さんの手元に届くものなので、かなり緊張感もありました。

その日の発送業務を終えるとどっと疲れてました(笑)


こんな感じの仕事はいわゆる「事務仕事」ではよくありますが、極端に「一点集中型」の私は、この手の仕事が実に苦手なのです。

そのことは以前役所で働いていたときに痛いほど実感しましたが、今回も案の定、ミスを連発しました(実質十日の実習期間の内、ノーミスだったのはわずか二日)。

そのことは折り込み済だったので、精神的なダメージはそれほどありませんでしたけど。


さて、事務仕事が苦手な私が今回なぜ、事務の実習に行ったのか。

それは主に二つの理由があります。


まず第一に事務が苦手、かと言って、例えば工場のラインに立ったり、清掃をするのはもっと向いていないと容易に想像できること。

そして第二に、私が司書を目指しているのはここでも何度か書いてきましたが、単に本や情報の専門家というだけでなく、何十年後の未来にも必要とされるような図書館をつくりたいと思っています。

そのためには得意ではなくとも、ある程度は事務的な仕事もこなせないとさすがにマズい。


「苦手でもできる」ようにするために、あえて挑戦してみることにしました。

そして、その試みはある程度成功したように思います。

時間をかけ、自分なりの工夫を凝らすことで、実習の終盤に近づくにつれて、明らかにミスは減っていきました。

もっと時間があれば、より精度は上がったかもしれません。



人より時間と手間が必要ならそうすればいいと思うのです。

もちろん、いつもそれが許されるとは限りませんし、それでもできないこともあるでしょう。

また、できないことや苦手なことがあること、少なくともそれ自体は恥でもなければ短所でもない。


けれど、自分の望む方向に人生を向けるために、どうしても苦手なことをしなければならないこともある。

その時に自分なりのやり方で、それを乗り越えることができる、これもまた、人生のおもしろさだと思うのです。


今日はこんなところです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。